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2009年5月

2009年5月27日 (水)

水曜日

 今日はお天気の良い東京です。
 朝目覚めてああ水曜日だ、と思いました。そう、先週の今頃は
かんげいかんで歌っていた訳です。でも、なんだかずいぶん前の
ことのように感じています。ふしぎだなあ。
 午後からヘルパーさんがきてくれて、たくさんあるビデオを
ブルーレイに変換しようと試みています。今日はたぶん6年ぐらい
前に徳島県で歌った時のビデオをダビングしたのですが、いやあ
へたくそ。座って聞いていられない気分になりました。
 そうあの時は渦潮を見に先生が車で連れて行って下さったり、
ホテルの近くにあった魚の料理店がとってもおいしかったこと
なんか思い出して、なつかしいなあとはおもいましたが、ひどい
歌にびっくりでした。保存しておいて今後見ることなんて
あるんだろうか。
 夕方からいつもの焼鳥屋さんへ、なんだか一人で夕食を
食べるのがどうしてもいやなのです。これからは夜に勉強に
いくとか、なにか仕事を入れるとか考えないとアルコール依存症に
なっちまうのではないかと思っています。気をつけましょう。
 涼しい風の吹く5月。でももう終わりですね。ぼくの大好きな
季節が終わってしまう!人生は修行だというけれどぼくには根性が
ないのかなあ。

2009年5月26日 (火)

プログラム

 今日はとてもすがすがしい5月の日でした。ぼくは1日ほとんど
部屋をでずに、次回のコンサートのプログラムを考えていました。
実は昨日からやっているのですが、だいたいのプランが立って
きました。プログラムはレストランのコースメニューのような物だ
とぼくは思っているので、まずはメインディッシュを考えます。
そしてこれにアントレとかデザートを付けるようにしています。

 小岩さんと勉強させていただいてぼくが強く思ったことは、
ぼくは詩をぼんやりとしか捕らえていなかったということです。
これは詩人に対して、また作曲家にたいして、とっても失礼な
ことですね。だから今回はまず訳詞を読んで自分の心で
受け止められないような曲は、たとえ大好きな歌でも外すことに
しました。今回はフランスの歌曲を聴いていただくつもりなので、
また辞書を引きながら悪戦苦闘の日々が始まりそう。でも、
これっていがいと楽しかったりするんです。
 フランス語は以前にだいぶ勉強したのですがほとんど覚えて
なさそう。これは秋ぐらいからドイツ語とフランス語は習いに
いかないとだめかもしれないですね。

私は全ての核実験に抗議します!!

 昨日北朝鮮が核実験に成功した、との発表がありました。
 ぼくは核実験を行ったことに心から抗議します。
 北朝鮮だから、ということではけっしてありません。誤解のない
ようにして下さい。ぼくは核実験・核兵器の保有・その使用に反対
です。これはどの国であれ、どの民族であれということです。
 なぜならぼくは日本人だからです。核兵器による攻撃を受けた唯
一の民族の一人だからです。
 ぼくは核兵器のない、戦争のない地球を心から希求します。

2009年5月23日 (土)

天野、見えないんだよ!!!

 今日は曇りの蒸し暑い東京です。
 ぼくは来週の土曜日に開かれるアイメイトコンサートの練習に
行きました。昨夜ピアニストからお電話があり、今回歌う曲の
楽譜を持ってきてほしい、ととのこと。いきなりいわれても
見えないぼくとしては困る者ですが、なんとか都合をつけて
コピーしていきました。
 ピアニストの大先生は
「天野、見えない!!」
 とのこと、老眼なので小さい楽譜を見えないんだとの
ことでした。それなら先にいってくれればいいのに。ぼくが見える
世界のことを想像しきれる訳がないじゃないですか!それも
「ありがとうが先でしょう。自分のことも含めてああなりたくは
ないなあ、と思う一時でした。
 そんなストレスを抱えていつもの焼鳥屋さんへ、上が
ライブハウスだということは聞いていたので、今夜はどんな
スペースか偵察にいってみました。
 自己紹介のはがきを配ったら歌えと言われたので、しかたがなく
オーソレミオかなんか歌ってかえってきました。
 なんだか飲みにいったのか仕事にいったのかよく分からずに
帰ってきました。
 でもいろいろな人がいるんですね。

2009年5月22日 (金)

予定は未定

 今日は曇りのちょっと風の強い1日でした。
 昨日小岩さんから白井光子先生が国立音楽大学で公開講座を
されるとのお話しを聞き、これはでかけてみようと思いました。と
朝から電話があって、学校で夜に新型インフルエンザの対応に
ついての会議をします、との連絡。迷ったあげくにオペラの練習を
キャンセルしてそちらに行くことにしました。
 母校を訪れるのは何年ぶりのことでしょう。駅に下りても
まったく分からない!道を聞きながら歩いていきましたが、もう
初めて行くところと変わらない状態。風に木の葉が揺れる音だけが
聞こえるという環境で、ずいぶん変わったなあと思いました。まあ
20年も経てば当然ですよね。
 最初に歌われた歌は、なんとシューベルトが視覚しょうがい者の
立場に立って書かれた詩に作曲した曲で、そんなのぜんぜん
知らなかった。白井先生は、
 「このピアノのパートは杖がなにかにぶつかる音を表現して
いると思います。」
とのこと、うーんそうかもしれない。しかしその後の詩の内容には
大いに疑問がありました。ぼくの記憶違いでなければ
 私は見えないのでみんなが太陽は上にあって、昇ったり沈んだり
するんだ。これが昼と夜なんだ
というけれどぼくには分からない
 との詩、ぼくはたとえ無人島に一人で行ったとしても、昼と夜の
区別はできると思います。それは動物や空気が教えて
くれるからです。
 詩人は続けます。
 それならぼくが昼と夜を決めてしまえばいいじゃないか
と、でも社会生活をしている人間にとってはそんなことは、つまり
外界とまったく無縁に生きるなんてことはできません。特に
しょうがい者は無理ですね。
 きっと違うメッセージがあるのでしょう。ぜひ勉強してみたいと
強く思いました。
 その他ぼくが覚えておかなければと思ったことを書いてみたいと
思います。これは個人的メモだと思って下さい。
1.体のなかに一本芯が通っていることを常にイメージすること。
具体的にどこに?ということではないのです。信じる者は救われる
、の世界です。
 2.詩人の詩はとても大切だからそのなかに入らないで後ろから
ついて行くこと。
 これはなかなか難しくて詩人の恋などを歌う時には感情移入を
しすぎて歌えなくなりそうに思うこともあります。今だから
書きますが、そんな時には、
 「終わったらいつもの店に行ってビールを飲んだら
うまいだろうな。」とか
 「いい国作ろう鎌倉幕府」
とかまるで関係のない、ここにはとてもかけないようなことを
心中で考えてニュートラルな場所に戻ろうと必死の努力をしたり
します。
 3.いつも自分の真ん中で歌うこと、これは自分の歌が
どうにでもコントロールのできる場所にいるように努めること、
そしてその場所を探すこととです。1.のこととも繋がってくる
ように思います。
 4.塗り絵に色を付けるのではなくて、自分自身の絵を真っ白な
キャンバスに描くこと。
 5..自分はいなくなってもいいから、声を空間の思った所に
自由におくことができるようにすること。

 ああ、ぼくはなんて遠回りをしたことでしょう。
 最後に白井先生は
 「ドイツリートをするなら、ドイツ語をしっかり勉強して
下さい。ドイツ語は日本語に置き換えずに、ドイツ語のまま理解
するようにして下さい。分からないドイツ語はドイツ語の辞書を
引くようにだんだんして下さい。」
と、話していらっしゃいました。その通りだとぼくも思います。
でも、それには生きて行くための経済的保証をどこに求めるのか、
という大きな問題があるでしょう。もしこれを本気で実行すると
すれば、今後とも金持ちで何があっても大丈夫というパトロンを
みつけるか、売れる前のフジコ・ヘミングのように食べる
物にもことかくような生活を覚悟するか、どちらかでしょう。
ぼくははんぱな人生をおくってきました。その気になれば食べる
物には困らないフジコ・ヘミングになれたのに。
 その後会議に行きましたが、こうして下さい、というお話しを
聞いて帰ってきました。
 思いがけずすてきな1日でした。

2009年5月21日 (木)

さよなら!!愛しの本棚よ

 今日も暑い東京です。とてもお天気が良くて、昨日よりも湿度が
あるような気がしています。
 普通コンサートの次の日はノックアウトのはずなのですが、
今日はなぜか元気で、午前中から事務仕事なんかしていました。
 午後ヘルパーさんがきてくれて、昨日のコンサートの整理を
しました。なんとちょっと黒字!こんなことは信じられない
ことです。なんて喜んでいたら、外から廃品回収のアナウンスが
聞こえてきました。ぼくはフットワークの軽いヘルパーの彼にその
車を呼んでもらい、いままで平井の楽譜が入っていた本棚を持って
行ってもらうことにしました。なかみはだいたいダンボールに
移してあったのです。
 回収業のおじさまのお話しではちょっと高めでは
あったのですが、自分でこれを運び出して粗大ゴミの所まで持って
行くことを考えると、「ま、いいか?!」ということでお願いして
しまいました。
 窓際を占領していた本棚がなくなったので、だいぶ広くは
なりましたが、いままであった物がなくなると、なんとなく寂しい
気もしています。アンディは強い陽射しを物ともせずに、いままで
本棚があった場所でお昼寝中。日射病にならないかなあ、なんて
心配です。
夜は大宮で授業、帰りに焼鳥屋に行ってきました。まあ今日も
良かったかな。すてきな5月の風を胸に吸い込んで歩きました。

うるわしき五月に

 昨日はとてもすがすがしいお天気の東京でした。そう、
「うるわしき五月に」という言葉がぴったりの日でした。
 午前中からゆっくり準備をし、ドイツ語講座を聞きながら
ドイツにいる気になったりして、3時過ぎにでかけます。とても
暑い日で、アンディはもうノタノタでしたが、なるべく陽の
当たらない所を選んで荻窪まで行きました。今日は遅刻
しませんでした。なんて当然ですよね。
 会場に着くともう受付の方がいらして下さっていて準備・
リハーサルと順調に終わりましたが、かんげいかんは楽屋が
狭いので開場とともに皆様とお会いする感じで、おかげであまり
緊張しないで歌うことができました。ほぼ満員のお客様、とても
楽しく歌うことができ、また詩人の恋では感情と理性のバランスを
とるのにちょっと苦労したりしましたが、全体的にはうまく
行ったのではないかと勝手に思っています。
 今回ご協力・ご支援下さった皆様、また両日ご来場下さった
皆様に心より感謝申し上げます。
 ありがとうございました。
 今日は部屋で仕事、夜は学校の先生です。がんばりましょう。

2009年5月19日 (火)

フィッシャー・ディスカウ

 今日は薄曇りの東京でした。
 午前中は事務仕事をし、午後はヘルパーさんとアンディを
シャンプーに連れて行きました。とってもきれいになりました。
 夕方は明日のコンサートの練習。と、なんとなくCDを聴いて
みたくなり、フィッシャー・ディスカウのリヒァルト・
シュトラウスのCDをかけてみました。
 以前にリサイタルにも行ったことはあるし、ドイツで
ワーグナーの「パーシファル」の演奏会形式にも行ったことが
あったのですが、もちろんすてきなのですが、感激したという
ことはなかったように思います。
 ところが今日は、とってもすばらしく感じました。言葉に
するのは難しいのですがたくさんの色を持った声で、その表現力と
共に、なんだか分からないけれど説得力のある歌でした。いやあ
すばらしい!!驚きました。
 明日は荻窪のコンサート、いつものように心を込めて、
自分らしく歌いましょう。お天気もいいみたいで、うれしいです。

2009年5月17日 (日)

コンサート、そしてコンサート

 今帰ってきました。なんとステージ3れんちゃんでした。
 昨日のことから書きましょう。立川での久しぶりのソロ
コンサート。ぼくは朝早く起きてドイツ語講座なんか聞きながら
朝食を取り、午前中練習してから立川に向かいました、がうっかり
してぼくが遅刻してしまいました。今日は小岩さんのパートナーの
方もきて下さって一緒に会場へ。慌ただしく会場の準備や
リハーサルをし、15時から開演。40人ぐらいの方がいらして
下さいました。
 初め緊張していたのですが、3曲目当たりから普通に歌うことが
できるようになり、後半の詩人の恋はうまく行ったのではないかと
思っています。ご来場いただいた方、ご協力下さった方々、
ほんとうにありがとうございました。
 今日は午前中にヘルパーの方と一緒に文京区の小学校に
行きました。朝は激しい雨だったのでどうしようかと
思いましたが、でかける頃には上がっていました。
 学校では4年生のみんながとっても熱心に聞いてくれました。
音楽のO先生のビアのに会わせて、みんなでビリーブを歌うことも
できて、楽しく過ごしました。
 その後、父母の皆様に道徳の公開講座ということでお話しを
させていただきました。ぼくみたいな不良が道徳のお話しなんて
できるのかな、と思いながら話しましたが、皆様しんけんに聞いて
下さったようで幸せな一時でした。皆様ありがとうございました。
 午後はいつものカルチャーへ。無事に終了し帰ってきました。
 さすがに3日続くと大変だなあ、と思ったりしています。でも、
なんでこう重なるんでしょうね。暇な時にはどうしようかと
思うぐらい暇なのに。
 明日はお休み。なーんにもしないつもりです。

2009年5月16日 (土)

リサイタル前の過ごし方

 朝7時コーヒーを飲みながら書いています。
 昨日は葛飾区の小学校でのコンサート、とっても気持ちのいい
1日で、生徒さんたちにも喜んでいただけたのではないかと
思います。そのご校長先生と少しお話しさせていただきましたが、
「事務的な仕事が多くなって、子供たちと向かい合う時間が
なかなかとれないのが悩みですね。」という言葉が印象的でした。
 17時ごろ帰宅、3日ぐらい前からどうにも落ち着かない日々が
続いていて、このまま部屋にいると、歌の練習でも始めて
しまいそうだったので、いつもの焼鳥屋さんに。でもアルコールを
飲む訳にはいかないので、ウーロン茶なんか飲みながらお店の方と
時々おしゃべりさせていただきました。
 部屋に戻り、8時にはベッドに入り、おかげで良く眠れました。
 4時に目が覚めましたがラジオを聞きながらウトウトして5時頃
やおら起きあがり、朝の日課をこなしています。これから食事を
して、準備・最後のあがきという感じで勉強をしてから
でかけようと思います。とにかく当日はあまり細かいことは気に
しないで、心身共にリラックスしてステージに立つことが
できれば、半分以上は成功と言えるでしょう。そうふだん通りの
天野亨でいることができればいいのです。
 天気予報は曇り・後雨とのこと。雨男のぼくのことですから、
これぐらいですんで良かったのかもしれません。
 立川のコンサートにご来場の皆様、傘をお忘れなく。

2009年5月13日 (水)

税金とお散歩

 今日はお天気のいい、暑いぐらいの東京です。
 ぼくは朝も早くから目が覚めて、コンビニに朝ご飯なんか買いに
行ったりしました。なんだか久しぶりに気分がいい。こういう
日にはいやなことをやってしまおうと、開店と同時に銀行へ。
個人と会社と両方の税金を払ってきました。いやあお金が
なくなった。それにしてもこんなに払ってるんだからいいかげんに
使わないでほしいものですね。今回の補正予算でもずいぶん
ふしぎな支出があるとか‥‥。
 そのまま郵便局を経由してお医者さんへ。タバコを止めてから
血圧が下がって、今日も正常値でした。つまり今日も薬はなし、
早く止めれば良かったけれど、人にはそれぞれのタイミングが
あるんじゃないかな、と思ったりしています。
 ついでということでお豆腐屋さんに行ってがんもどきも買って
きました。ここのお豆腐はなかなかおいしいのです。
 同じ道を帰るのも芸がない、ということで、菊坂を通るコースを
歩きます。ここは昔ながらの長屋が残っていたり、樋口一葉が
通った質屋の蔵があったりするのです。鳥の声や人々の営みの音、
5月の風に誘われてなんだか楽しいお散歩でした。
 午後はコンサートに向けて勉強。でもあまり歌わないようにして
います。
 おかげさまで20日のかんげいかん(荻窪)はチケットの残りが
少なくなってきました。まだお申し込みをいただいていない方は
お早めにご連絡下さいませ。

2009年5月11日 (月)

愛してもいいですか

 今夜は「愛してもいいですか」著者名吉居和弘という本を
読みかけています。
 ぼくは見えないたけに、周りの人々からどんな風に
見られているか分からない!その意味ではとっても楽なんだなあ、
と思いました。人の視線・態度、それを目の当たりにして、それが
事実かどうか分からないけれど、自分のしょうがいにむすびつけて
考えざるをえないということ、とっても辛いことなのでしょうね。
ぼくの場合には、たとえば飲み屋などに入店を拒否される、なんて
いう現象からしか「差別」を感じないんだけれど、そうでないと
すればこれはとても辛いことだし、誰がどんな風にその差別に
向かい合ってくれるのかはとても重要な問題です。
 ぼくの家族は向かい合ってくれなかったように思います。
 ちょっと古い本ですがぜひお読み下さい。女性にお勧めです。

2009年5月 8日 (金)

誕生日

 今日は思いがけずに多くの皆様からメッセージとプレゼントを
いただきました。ほんとうにありがとうございます。なかには
わざわざ届けて下さる方もいらして、なんだかとてもうれしい
1日でした。
 午後は17日にお話しをさせていただくことになっている
文京区の小学校に打ち合わせに行きました。印象に残ったのは、
用務員をされている聴覚しょうがいの方がいらっしゃるとの
お話し、子供たちにもとても人気があるとのことでした。文京区も
やるなあ。1曲歌わせていただくことになっているので、音楽の
先生と練習したりして、高級住宅街のなかの小学校の雰囲気を
しっかり感じながら帰ってきました。
 夜はオペラの練習、いつものように歌うことができてまあ
良かったかな?思いがけずすてきな誕生日となりました。
 ありがとうございました。

禁煙宣言

 皆様、今日は天野亨の45回目の誕生日です。メッセージを
いただいた皆様、ありがとうございます。

 そこで、記念すべきこの日に、私は一つの決意を表明したいと
思います。

私、天野亨は
少なくとも歌をやめるまで
タバコを吸わないことを
全世界の皆様に向かって誓います。

2009年5月8日
天野亨

2009年5月 5日 (火)

野菜スープ

 今日は雨の東京です。でもここのところお天気が続いていて、
ちょっと乾燥気味だったので良かったんじゃないかな。
 ぼくは歌とドイツ語の勉強、午前中は野菜がなくなったので
ヘルパーさんに買い物に行っていただいたり、夕方は野菜スープを
作ったりしていました。
 前に友人の家を訪ねた時、サラダに豆が入っていたことが
あって、最近は何種類かの豆を茹でた状態で売ってるとのこと、
今日のスープにはそれが入っています。
 最近いけないサイトをみつけてしまいました。かくやす酒屋と
言うサイトでワイン1本から届けてくれるとのこと、昨日
キャンティー・クラシコを恃んでしまいました。なぜ
キャンティーか、今我が友マキャベッリと言う本を読んで
いるのですが、これはフィレンツェのお話し。今取り組んでいる
ジャンニ・スキッキもフィレンツェ、この当たりはワインの
産地とのことで、ここでできるワインはキャンティーと言います。
その中でも黒い雄鳥のマークはクラシコと言って
上等なのだそうです。これにもいろいろと種類が
あるらしいのですが、ワインははまると大変そうですね。
 親しい方が検査入院しています。特に問題がなく、また一緒に
飲めるとうれしいなあ、と思っています。

2009年5月 3日 (日)

ぼくはリヌッツィオ・ディ・ブオーゾだ!!

 昨日は朝からお医者さんに行って、月曜日にしていただいた血液
検査の結果を聞きました。いろいろと数値が下がってきていて、
でもまだ正常値ではないのですが、だからこのままの制限で様子を
見ることとなりました。降圧剤も飲まないようにして、週に一度
測定してもらうことりなり、いままで飲んでいた薬がだいぶ減って
きました。
 そう言えば、糖の吸収を穏やかにする、という健康補助食品を
買ってみたのですが、その話をすると、
 「それは食物繊維でできているから少しは関係あるかもしれない
けれど、それよりも野菜をたくさん食べた方がいいですね。最近
軟骨にいい、とか言ってその手の健康補助食品が売られて
いるけれど、軟骨は再生しないので、幾ら飲んでも関係
ありません。コマーシャルでも効くとは言っていなくて、軟骨の
脆い方にどうぞ、と言っているだけ。まあぎりぎりって言う
ところでしょうか。」
 なんて言うお話しでした。うーん、みんな商魂たくましいなあ。
 今日は1日ドイツリートの勉強、小岩さんがメールマガジンを
書いていらして、そこにぼくが歌う「詩人の恋」以外の曲の解説が
載っています。それをヒントにドイツ語の勉強をしていました。
とても参向になりますので、興味のある方はごらん下さい。

URL: http://archive.mag2.com/0000264778/index.htm
l

 夜はオペラの練習、今度は気持ちをイタリア人に変えないと
いけないのですが、これはなんとも難しい。それに日によって各
出演者のいる場所が微妙に違ったりして。これはきっと本番まで
こうなんだろうな、と思ったりしています。まあ見えればそれほど
問題ないのかもしれませんが、ぼくが「リヌッツィオ・ディ・
ブオーゾ」でいるためには、周りの皆様が、かならずお願いした
ことをしてくれないとだめだったりするのです。でも、同じ
出演者なのですからそれに多くの期待をするのは
難しいのでしょうね。だいぶモジベーションが下がってきて
しまいました。
 また歌い方もイタリアとドイツでは違うようなので、1日の
うちにドイツからイタリアまで飛んで行くのは難しいようです。
これもすぐには答えの出ないことだと思いますが、天野亨の
歌い方、ドイツでもイタリアでもスペインでもフランスでも、
そんな歌い方を見つけ出す必要があるようです。
 はい、楽しんでやりましょう。

2009年5月 1日 (金)

もしも指揮者が見えたなら?!

 昨日はロ短調ミサ曲の本番でした。
 まずはゲネラルプローベ(最終リハーサル)です。ちょっと
音程が定まらなかったりして指揮者の先生も「みなさんには
100の音程がある。きちんと支えて。」
とのお話し。テンポもテノールの中でちょっとずれたりして。
ぼくも指揮が見えるなら、自身を持って歌えたりするのですが。
でもだんだん早くなっているのが分かります。ぼくは始まった
テンポをキープして歌いましたが正しいかどうかは分からない。
うーん、困ったという感じです。少しするとオーケストラの音が
聞こえるようになり、テンポが正しかったことが分かる、なんて
言うことが何回かありました。細かい音符になると早くなっちゃう
みたいです。マエストロは「フラット、フラット」となんどか
おっしゃっています。ぼくも何とか音程を保とうと努力したりして
いると、「ああ、早く終わりにしてビール飲みたいなあ」なんて
言う声も聞こえてくる。なんだかがっかりしてしまいました。
 ほんばんはうまくいったようでとりあえず良かったなあ、と
思いましたがやっぱり指揮が見えるといいなあ、とまたまた
思ってしまいました。
 まあ言ってもしかたがないことですが。

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