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2017年5月10日 (水)

悲しみの中で

 皆様こんばんは。
 今日は雨の、曇りの少し陽がさしたりの1日でした。
 今日は叔父の告別式、とても辛い時間でした。今日で叔父と
お別れ、7日まで生きていた叔父が、跡形もなく消えてしまう
日なのです。これをぼくはどうにも受け止めることができないで
いるのです。
 「人を火葬にする」なんて酷い、野蛮なことでしょう。叔父の
手の肌触りが思い出の中のことになってしまう。そして、無機質な
骨だけが残るのです。そう、ぼくの身にもいつか、、、確実に
訪れる瞬間なのです。「もう死んじゃっているんだから熱くも
なんともないんだよ。」もちろんそうだとは思います。でも
受け入れられない。恐ろしい時間でした。
 その中でふっと考えたことがあるのです。ぼくが生まれた時は
どうだったんだろう。なにもない「無」の中から生まれて
きたんだと思います。そして「無」に帰っていく。ぼくを構成して
いた物質が宇宙に向かって試算し、またそれが森羅万象を構成する
要素となる。
 つまりぼくが宇宙で、宇宙がぼくなんだということに気が
つきました。ぼくは待合室を出て、少し陽のさしている戸外へ
出ました。爽やかな5月の風、その中に叔父がいるんだと
感じられました。胸いっぱいに呼吸する、そのことでぼくは叔父を
身体に取り戻すことができるのかもしれません。
 ぼくは仏教のことを学んだわけではないのですが、「無」という
のはこういうことなのではないかと思ったら、少し、ほんの
少しですが気が楽になりました。

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